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alterna × ANoTHER IMPERIAL HOTEL
帝国ホテルは11月3日、新たなオンラインモール「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」(アナザーインペリアルホテル)をオープンしました。「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」は「食べる・飲む・暮らす・楽しむ」の4つのカテゴリーで、約40ブランド100アイテムを取り扱います。
アンバサダーのひとりとして、全国各地の生産者を訪ねた東京料理長 杉本 雄が、サステナビリティ(持続可能性)をビジネスの視点で紹介する情報誌「オルタナ」編集長 森 摂氏とともに、「生産者が食材に込めた想いを世に伝えたい」とその取り組みと想いについて語ります。
全国各地の生産者と対話してきた杉本・帝国ホテル 東京料理長
ー杉本料理長は、2019年に第14代帝国ホテル 東京料理長に就任して以来、全国各地の生産者を訪ねているそうですね。帝国ホテルが新たに手掛ける「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」ではアンバサダーを務めていますが、どのような想いで、各地を回っているのでしょうか。
杉本:生産者との出会いは、いつも新鮮な驚きを与えてくれます。私自身は料理人として、生産者の想いを受け取って、「料理」を通してお客様に伝えることを大切にしてきました。
今年だけでも神奈川、京都、佐賀、熊本、宮崎などの生産者を訪ね、話を伺っています。佐賀県伊万里市の畑萬陶苑(はたまんとうえん)で器づくりを拝見した際には、「ものづくりは、人づくり、まちづくり」という想いをつむいでいることに感動しました。農家の方からは、土壌や気候と向き合いながら確立した、こだわりの栽培方法を教わりました。
例えば、兵庫県淡路島の平岡農園は、晴れの日が多く温暖な気候を生かし、山の傾斜地でレモンやライム、ミカンを栽培しています。
ここで作られるレモンは、皮と実の間の白い部分が非常に薄く、皮ごと食べても苦みが少ない。他では味わえないような豊かな香りとさわやかな酸味を備えています。また、収穫後に追熟させることで、さまざまな味の変化を楽しめる柑橘を取り揃えていることも、平岡農園の魅力です。
「育てた農産物を美味しいと喜んでもらいたい」という純粋な気持ちで、1本1本とげを手で抜く作業などをされています。大変な手間をかけながら、レモン栽培に情熱を注ぐ平岡さんの姿に驚かされました。
日本全国に、こうした素晴らしい農産物や伝統工芸品の生産者がいます。そして、それぞれの物語があります。私は「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」アンバサダーとして、食に関しては全品試食を行っています。帝国ホテルとしてお勧めするにふさわしいか否かの視点を持ちながら、生産者の想いや、その価値をしっかりと伝えていきたいのです。
サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」の森編集長
ー帝国ホテルでは、食肉として流通されにくい経産牛(出産を経験した雌牛)を品質と料理を見極めながら採用しているそうですね。
杉本:霧島連山の麓にある牧場「KIRISHIMA RANCH(キリシマランチ)」(宮崎県都城市)から、霧島和牛の経産牛を仕入れています。KIRISHIMA RANCHは、種付け、出産から肥育まで一貫して管理し、商品開発や販売まで手掛けています。
経産牛は、子どもを産むための牛ですから、食肉用に育てられておらず、そのままでは市場価値は高くありません。KIRISHIMA RANCHは、「与えられた命を最期まで全うさせたい」という強い信念のもと、出産を終えた母牛たちを食肉用に再肥育しています。
黒毛和牛の経産牛は脂が多くなく、赤身のうま味をしっかり味わえます。欧州で主流の赤身肉に近いですね。
ー「牛肉はサシ(赤身の間にある脂肪)が多い方がおいしい」と考える日本の消費者は多いのではないでしょうか。
杉本:それは刷り込まれた価値観といえるかもしれません。もちろん、一つの価値観ではありますが、「A5ランク」の牛肉だけがすべてではありません。
例えば、帝国ホテルで代々受け継がれている伝統的なローストビーフには、A3ランクの和牛を使います。脂の含有量が多くないものを選び、時間をかけてじっくり焼くことで、我々が求めるローストビーフが出来上がるのです。
同じように刷り込まれた価値観として、水産物の「天然至上主義」があります。現在は養殖の技術も発達し、質は上がっています。帝国ホテルの「インペリアルバイキング サール」では、愛媛県で環境に配慮して養殖された真鯛の料理を提供しています
ー農産物にも、「キュウリはまっすぐ」「甘い野菜や果物はおいしくて価値がある」といった「刷り込まれた価値観」がありますね。「規格外」の農産物は、正当な価格で販売することすら難しくなっています。
杉本:欧州のマルシェでは、不揃いの野菜や果物たちが一面に並んでいます。大きいものや小さいもの、傷があるもの、熟れたもの――。多種多様です。それを消費者は自分の責任で選び取るのです。当たり外れがあるのも、自然のものですから当然です。
均質なものだけを流通させるということは、食品ロスの発生にもつながります。
ヨーロッパと日本の生産者を見比べると、日本の生産者の方々は惜しみない努力を重ねて、素晴らしい食材を作り出しているにもかかわらず、その価値が価格に反映されていないと感じる場面が多々あります。
「私たちの技術やアイデアを加えて、食材や生産者の本来の価値を世の中に伝えていきたい」と語る
ー「刷り込まれた価値観」によって、本来の価値が見過ごされてしまう現状に、危機感を抱かれているのですね。
杉本:私たち料理人が日々仕事をさせていただけるのは、生産者の皆様が心を込めて食材を育ててくださるおかげです。そうした食材があってこそ、人々や社会が存続し、私たちのような料理人や帝国ホテルも存在できていると日々感じています。
普段の感謝の気持ちとともに、料理を通じて少しでも恩返しができればと考えています。生産者の皆様が込めた想いを世の中にお伝えするのも、私たちの大切な役割のひとつです。それを通じて本来の価値がより広く伝わり、理解が深まっていくことを願っています。
料理人は、食材の美味しさを引き出すための技術を磨き、その素材の魅力を最大限に活かす工夫を重ねています。この創意工夫の中に、料理人としての喜びを見出しているのです。
「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」で展開するKIRISHIMA RANCHとのコラボレーション企画では、生産者と話をする中で牛肉を解体する際に牛脂が大量に出てしまうという課題に気づきました。一般的にも通常、牛脂は産業廃棄物として処理されます。
そこで考えたのが、一鍋で二度美味しい「フレンチ牛鍋&〆のストロガノフ」です。フランス料理の「ルゥ」(小麦粉をバターで炒めたもの)にヒントを得て、バターの代わりに牛脂を使うレシピで作りました。
食材や生産者の想いに、私たちの技術やアイデアを加えることで、本来の価値を世の中に伝えられると信じています。それが、料理人としての存在意義ではないでしょうか。
森編集長は「帝国ホテルに認められることで、生産者は勇気付けられる。第一次産業の光明になるだろう」と期待する
ー先ほど養殖の真鯛の話が出ましたが、日本は周囲を海に囲まれた島国でありながら、寿司のネタとして目にする20-30種類の魚以外には、あまり関心がないように思います。
杉本:そうですね。獲れても流通しない「未利用魚」の問題があります。
日本の海には、約3000種類の魚がいて、そのうちの約500種類ほどが食べられます。しかし、寿司のネタになるような「スターの魚」以外は、市場に出しても値段が付かず、漁師は廃棄せざるを得ない状況です。
さらに、気候変動は、日本の漁業にも深刻な影響を与えています。水温がわずかでも変化すれば、海藻の種類が変わり、それをエサとする魚も変わります。北海道では、サケが獲れなくなり、代わりにブリが大量に獲れるようになりました。
漁師たちは、長年培ってきた経験と技術をもとに、獲れる魚に合わせた漁具や船、チームを築き上げてきました。しかし、気候変動による環境変化は、彼らの生活基盤を揺るがし始めています。
今、私たちにできることは、できる限り生産者に寄り添い、必要であれば「買い支える」こと、そして「穫れたものを大切に使い切る」という意識です。
ー農業、林業、水産業、あらゆる第一次産業で、生産者を「買い支える」ことが必要ですね。
杉本:はい。若い世代が、安心して、希望を持って、漁師や酪農家、農家といった職業に就きたいと思えるような環境を私の立場から作っていきたいと思います。今のままでは担い手がいなくなってしまうかもしれない。
そのために、私たちがやるべきことは、そのものが持っている価値、働く人たちの存在意義を世に知らしめていかないといけない。
帝国ホテルとして「未来に遺すべき」「もっと世に出していきたい」と思うものを、その背景にあるストーリーと共に、伝えていく。それが「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」の存在意義であり、私たちが目指す姿です。
ー帝国ホテルは、「日本の迎賓館」として、明治23年(1890年)に誕生しました。1868年の明治維新から20年余り、1889年には大日本帝国憲法が公布され、日本が近代国家として歩み始めた時代の象徴といえます。
杉本:帝国ホテル初代会長の渋沢栄一翁は「ホテルは一国の経済にも関係する重要な事柄。外来の御客を接伴して満足を与ふるやうにしなければならぬ」という言葉を残しています。
渋沢翁は、道徳と経済を両立させることで、企業も国も発展していくと考えていました。
帝国ホテルは、2025年11月3日に開業135周年を迎えますが、サステナビリティ(持続可能性)は、重要なテーマです。
私たちはこれまで、さまざまな取り組みを行ってきました。調理過程で発生するジャガイモやグレープフルーツの皮などを乾燥させて塩と混ぜた「サステナブルソルト」や、パンの耳を切り落とさずに焼き上げる「耳まで白い食パン」なども、その一環です。
大量生産・大量消費が当たり前だった時代を経て、私たちは今、本当に大切なものとは何か、未来に遺していくべきものとは何かを、改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。
「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」は、そんな想いから生まれた、新たな挑戦です。この活動が、ホテル業界全体に、そして少しでも社会に良い影響を与えられることを願っています。
2025年に135周年を迎える帝国ホテルは、「ラグジュアリーとサステナビリティ」の両立を目指す
「うちのローストビーフにA5の肉は向いていません」「えっ?それは書いても良いですか」「良いですよ」。今回のインタビューの中で、そんな印象的なやり取りがありました。
既存の枠組みにとらわれず、自分の舌で判断する。だからこそ、杉本さんは未知なる食材を求めて、全国を歩かれているそうです。ブランドとは「伝統と革新のシグマ(Σ=積み重ね)」であることを、杉本さんの言葉で再認識しました。そんな杉本さんがアンバサダーを務める「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」を、オルタナとしてもサステナビリティの観点を交えながら、応援させていただけたらと考えています。
聞き手・森摂(もり・せつ)
株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長。武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。東京外国語大学スペイン語学科卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て、1998年~2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員(2019~2023)、一般社団法人サステナ経営協会代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。主な著書に『未来に選ばれる会社』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、2005年)など。
話し手・杉本 雄(すぎもと・ゆう)
帝国ホテル第14代東京料理長。1999年帝国ホテル 東京入社。2004年渡仏、以後13年間フランス・イギリスにて研鑽を積む。2006年ホテル・ル・ムーリスでシェフを歴任。2013年同ホテル料理長に就任。2014年レストラン レスペランス総料理長、2016年レストラン スクエア総料理長を経て、2017年帝国ホテル 東京に再入社。2019年東京料理長就任。2023年より執行役員就任、東京料理長と調理部長を兼任。2012年、日本人初となるプロスペール・モンタニエ料理コンクール優勝など、受賞歴多数。
取材協力 ・株式会社オルタナ
撮影・吉森慎之介