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TOMIN NAMAZAKE
帝国ホテルは、『伝統は常に革新とともにある』という精神に基づき、130年を超える歴史の中で進化を続けてきました。京都の新規ホテル開業や、東京事業所の建て替えを控え、変革期を迎える帝国ホテル。2024年11月にスタートしたオンラインモール「ANoTHER IMPERIAL HOTEL(アナザーインペリアルホテル)」 も、ホテルという枠組みを飛び出した新たな挑戦です。
その取扱商品の1つが、いつでも、どこでも酒蔵で搾りたての生酒のフレッシュさを味わえる「凍眠生酒」です。創業122年の歴史を誇る岩手の老舗酒蔵「南部美人」五代目蔵元の久慈浩介さん、国内外で「凍眠生酒」の普及に取り組むTOMIN SAKE COMPANY(トーミン・サケ・カンパニー)代表の前川達郎さんに、その誕生秘話について伺いました。
「南部美人」五代目蔵元の久慈浩介さん(左)とTOMIN SAKE COMPANY代表の前川達郎さん
・久慈浩介(くじ・こうすけ)
1972年、岩手県生まれ。東京農業大学を卒業後、1995年に南部美人入社、製造部長として酒造り全般を指揮する。全国新酒鑑評会をはじめ様々なコンテストで金賞受賞。2013年から同社代表取締役社長。著書に『日本酒で“KANPAI”』(幻冬舎メディアコンサルティング)など。
・前川達郎(まえかわ・たつお)
1962年、東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、輸入車ディーラーのトップセールスを続けたのち2010年、液体急速冷凍機「凍眠(とうみん)」を開発したテクニカン営業部長として入社。その後、常務取締役を経て、2024年1月にグループ会社「TOMIN SAKE COMPANY」を設立と同時に代表取締役として就任。
南部美人の酒蔵で生まれたばかりの生酒。フレッシュな味わいと、原酒ならではの力強いうま味がある
「世界で一番美味しい日本酒は何か。それは、酒蔵で飲むしぼりたての生酒です」
そう断言するのは、「南部美人」の蔵元・久慈浩介さん。久慈さんは1990年代後半から、日本酒の魅力を広めようと、世界各地を飛び回ってきました。しかし、保存状態が悪く劣化した生酒に遭遇するたびに、もどかしさを感じていました。
南部美人は、ニューヨークやロンドンをはじめ世界62カ国に輸出している
「現代の日本酒造りでは、しぼった瞬間の生酒は100点満点の完成度です。しかし、酵素の影響で、時間が経つにつれて風味が変わり、生酒本来の味わいを保つことが難しい。そこで、火入れ(過熱処理)をして酵素の働きを止め、美味しさをキープするのですが、生酒ならではのフレッシュさは失われてしまうのです」(久慈さん)
どうすれば、生酒の美味しさをそのまま届けられるのか。なかなか突破口が見出せない久慈さんに転機が訪れたのは、2018年のことでした。出張先の高知で、冷凍カツオに出合ったのです。
「生と全く遜色ない、冷凍カツオの美味しさに衝撃を受けました。日本酒も品質を落とさずに冷凍できるのかもしれない。『いつでも、どこでも、生酒を楽しめる』。そんな未来が開けた瞬間でした」(久慈さん)
久慈さんはすぐに、カツオを凍らせた急速液体冷凍機「凍眠(とうみん)」を開発したテクニカン(横浜市)に連絡。デモ機を借りて「南部美人」の生酒の冷凍を試みました。
「解凍された『南部美人』を口にした瞬間、鳥肌が立ちました。しぼりたての生酒のフレッシュさがそのまま残っていた。まるで時間が止まったかのように、最高の状態を保ってくれる。コールドチェーン(低温流通体系)を使えば、距離を超え、世界に届けられる。一気に夢が広がりました」(久慈さん)
前川さんはこれまで急速冷凍技術を活用して、産地と消費者の距離を縮めてきた
しかし、ただ冷凍すればいいというわけではありません。この成功の裏には、「凍眠」という革新的な技術がありました。
「初めて凍結する際、瓶が割れるのではないか、恐る恐る冷凍機に入れたことを覚えています。実際には30分ほどできれいに凍結。解凍した南部美人は、しっかりと冷えていて、のど越しも最高。日本酒の新しい飲み方の可能性を感じました」
TOMIN SAKE COMPANY代表の前川達郎さんは、久慈さんの熱意に応えようと、生酒を凍らせるプロジェクトに加わりました。
一般的な冷凍技術では、食品中の水分がゆっくり凍結するため、細胞を破壊するほどの大きな氷結晶ができてしまいます。解凍時にドリップが発生したり、食感が変わったりしてしまうのは、このためです。
「凍眠」は、マイナス30度の不凍液で食品を凍結させる液体凍結機。その速度は一般的な空気冷凍の約20倍と言われています。「凍眠」は、水分とアルコールが分離する前に凍結させるため、解凍後も搾りたての風味を損なうことがありません。日本酒の品質を判定する官能検査でも、しぼりたての生原酒との違いはほぼ認められませんでした。
こうして2019年6月、世界で初めて生酒を急速冷凍した「南部美人 スーパーフローズン」が誕生。現在では、全国26の酒蔵が、それぞれの銘柄で「凍眠生酒」を展開するまでに至っています。
「『凍眠生酒』は水道水を張った器に凍った状態のまま沈め、溶け始め5分程度で開栓すると、冷酒よりも冷えた今まで体験したことのない喉越しともに、圧倒的なフレッシュ感を楽しめます。再度栓をして器に沈め、ゆっくりと溶けていくにつれて、フルーティーで芳醇な香りが広がっていく。溶かしながら味わいの変化を多くの人に楽しんでいただきたいですね」(前川さん)
「溶かしながら飲む」新たな日本酒体験を提供する
蔵人(くらびと)は日々、最高の日本酒造りに取り組む
「日本酒は、アルコール飲料の中で唯一、国名を冠するお酒。日本の風土と文化を象徴する『國酒』と呼ぶにふさわしいお酒です。日本酒の魅力を世界に伝えることは、日本の農家を支えることにもつながる。私たち蔵元は、『日の丸』を背負うという責任と誇りを持って、日々、酒造りに励んでいます」(久慈さん)
久慈さんや前川さんの思いに共感した帝国ホテルは、新たに立ち上げた「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」に、「凍眠生酒」を迎え入れました。まずは「南部美人」をはじめ6銘柄を展開し、順次増やす予定です。
帝国ホテルEC事業部の平石理奈は、「帝国ホテルは、『伝統は常に革新とともにある』という精神に基づいて、進化を続けてきました。「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」は、日本の伝統を次世代につなぐための新たな挑戦」と、決意をにじませます。
「『凍眠生酒』は、伝統的な酒造りに、『凍眠』という革新的な技術を加え、イノベーションを起こしました。『ANoTHER IMPERIAL HOTEL』がその魅力を世界に広める一翼を担い、生産地や生産者を訪ねるきっかけとなればと考えています」(平石)
日本酒造りは、無駄のないサステナブル(持続可能)なモノづくりでもあります。仕込み水には、自然の恵みである井戸水を使用。副産物の酒粕は、調味料や甘酒などに姿を変え、生活を豊かにします。さらに、米ぬかは、米油や煎餅などの原料になり、余すことなく活用されています。
「世界には、日本酒の美味しさを知らない人がまだまだたくさんいます。『フレッシュ』で勝負できるのは日本酒しかない。寿司や和食だけでなく、生魚を使ったカルパッチョとも相性抜群。白ワインにも負けない。日本酒の美味しい感動体験を届ける。その積み重ねが、日本酒の未来を切り開くと信じています」(久慈さん)
「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」での取り扱いを機に、「凍眠生酒」は世界へ羽ばたこうとしている
1964年の東京オリンピックは日本中の料理人たちが一丸となって、世界中から訪れる選手たちを「食」でもてなす舞台でもありました。後に帝国ホテルの初代総料理長となる村上信夫も選手村の「富士食堂」運営責任者として、この国家的なイベントの一端を支えた一人です。
東京オリンピックでは、約5500人を超えるアスリートに、安全でおいしい食事を提供しなければならず、「オリンピック開催時期に大量の食材を一度に調達すれば、市場価格が高騰し、都民の生活に影響が出るかもしれない」という大きな課題に直面していました。食材の安定調達と品質維持の両立を目指し着目されたのが、食材の冷凍保存です。
1963年8月、五輪開催の一年前に帝国ホテルの「孔雀の間」にて約500人の大会関係者が出席した料理試食会が開催され、一部冷凍食材を使った料理が提供されました。その結果「違いが全く分からない」と、すべての料理が高く評価されたのです。
選手村の運営は、見事成功。東京オリンピックを経て冷凍庫の普及が進み、食卓を豊かに変える、大きな一歩になりました。
取材協力 ・株式会社オルタナ
撮影・吉森慎之介