特集
商品を探す
view all
alterna × ANoTHER IMPERIAL HOTEL
帝国ホテルが手掛けるオンラインモール「ANoTHER IMPERIAL HOTEL(アナザーインペリアルホテル)」は25年3月17日、一夜限りのスペシャルディナーイベント「アンティミテ×ドメーヌ タカヒコ&ドメーヌ モン」を開催しました。北海道余市町のワイナリー「ドメーヌ タカヒコ」と「ドメーヌ モン」の希少なワインに合わせ、帝国ホテル総料理長・杉本雄がフルコースを振る舞いました。「ドメーヌ タカヒコ」代表の曽我貴彦さん、「ドメーヌ モン」代表の山中敦生さん、そして杉本総料理長が、その特別な夜を振り返りながら、これからの展望を語りました。
左から「ドメーヌ タカヒコ」の曽我貴彦さん、帝国ホテル総料理長の杉本雄、「ドメーヌ モン」の山中敦生さん
曽我貴彦(そが・たかひこ)
「ドメーヌ タカヒコ(Domaine Takahiko)」代表。長野県小布施ワイナリーの二男として生まれる。大学では醸造学を学び微生物研究者への道を進むが、「ワインは農産物である」との言葉に惚れ、栃木県にあるココ・ファーム・ワイナリーで農場長を10年間務める。ピノ・ノワールを栽培するため2010年に北海道余市町登地区に農地を購入し、同年、ドメーヌ タカヒコを設立。世界中の星つきミシュラン店やファインレストランなどにもオンリストされ、日本のワイナリー格付け機関であるJWAにおいても最高賞の5つ星を7年連続獲得している数少ないワイナリー。
「ドメーヌ タカヒコ」公式ページを見る
山中敦生(やまなか・あつお)
「ドメーヌ モン(Domaine Mont)」代表。茨城県出身。北海道内でスノーボードインストラクターを務めていたが、シーズンオフにレストランに配属されたことをきっかけにワインに傾倒。自らブドウを栽培したいと考え、ドメーヌ タカヒコの曽我氏の下で2年間栽培と醸造を学び2016年春に独立。同じ北海道余市町登地区でピノ・グリのみを有機栽培する農園兼醸造所の代表を務める。自然とともに北海道の四季を表現できる農夫としてワインを醸造していくことを目指している。
「ドメーヌ モン」公式ページを見る
杉本雄 (すぎもと・ゆう)
帝国ホテル第3代総料理長。1999年に帝国ホテルへ入社後、2004年に退社し渡仏。1835年創業のホテル「ル・ムーリス」にてシェフを務め、同ホテルのメインダイニング(当時3つ星)では責任者の役割を担う。2017年に帝国ホテルへ再入社し、2019年より帝国ホテル 東京料理長を務める。2025年4月に帝国ホテル 総料理長に就任。季節ごとに変わる料理で、一夜一組のお客様をお迎えする「アンティミテ」は、フランス語で「親密」を意味し、杉本自ら演出するレストラン in レストラン。
「ル サロン アンティミテ」公式ページを見る
「ドメーヌ タカヒコ」から「ナナツモリ ピノ・ノワール2019」「ナナツモリ ピノ・ノワール2022」「ヨイチ ノボリ パストゥグラン アイハラ2018」とメイン料理の「蝦夷鹿ロース肉のローストジェニパーベリーと黒こしょうを効かせたソースで」
「鹿肉のローストに、黒こしょうを効かせたジュニパーベリー(杜松果)のソース。フランス料理の定番と聞きましたが、どこか日本らしい。私のワイン『ナナツモリ ピノ・ノワール』に寄り添ってくれているようでした。『ジャパニーズフレンチ』と『ジャパニーズワイン』が織りなす新たなペアリング。その先に広がる『未来』を感じた夜でした」
こう振り返るのは、余市町のワイナリー「ドメーヌ タカヒコ」の曽我さんです。「ココ・ファーム・ワイナリー」(栃木県足利市)で農場長を務めた後、2010年に余市町で、ピノ・ノワールの有機栽培とワイン醸造を始めました。ピノ・ノワールは、フランス・ブルゴーニュ地方を代表する赤ワイン用ブドウ品種です。
曽我さんが目指すのは、日本の四季を映し出す繊細さと複雑さを合わせ持つワイン。ブルゴーニュワインの模倣ではなく、日本だからこそ生み出せる味わいを追求しています。2020年にデンマーク・コペンハーゲンにある三ツ星レストラン「ノーマ」(当時)のワインリストに掲載されたことをきっかけに、国内外からの注目が一気に高まりました。
余市では、山中さんをはじめ、曽我さんに続くワイン生産者が増えている
曽我さんのもとで学んだ「ドメーヌ モン」の山中さんは2016年春に独立。同じ余市町で耕作放棄地を開墾し、ワイナリーを構えました。白ワインのブドウ品種ピノ・グリの有機栽培と、ワイン造りに情熱を注いでいます。
「私の『ドングリJK』は、樽で2年間熟成させたことで、樽の香りがしっかりと抽出されているのが特徴です。それを感じ取ってもらい、『コニャックを香らせたバニラアイスクリーム』とヘーゼルナッツに合わせてもらえたことが、とても面白く感じた」と、山中さんは笑顔を見せます。
2人はワインを通じて余市の魅力を発信し、地域の活性化に貢献しようとしています。
「ドメーヌ モン」から「ドングリ2022」と「ボタン海老 モダンなサンドイッチ仕立てコライユのマヨネーズとマッシュルームのサラダと一緒に」
「ワインと料理の関係性は非常に深いもの。ワインを飲んだら料理が食べたくなり、料理を食べたらワインが飲みたくなる。そうして、あっという間にどちらも進んでいく。これが最高のペアリングだと思います」。こう語るのは、杉本料理長です。
一夜限りのスペシャルディナーイベント「アンティミテ×ドメーヌ タカヒコ&ドメーヌ モン」では、ワイン 8種類に合わせ、アミューズからデザートまで計8皿を振舞いました。
「私は常に『何を食べてもらいたいか』を意識して料理をしています。初めてワインをテイスティングしたとき、『何を飲んでもらいたいか』がはっきりと感じられました。ですから、料理の方向性はすぐに決まり、自然にコースを組み立てられたのです」(杉本料理長)
「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」アンバサダーを務める杉本料理長。全国各地を巡り、生産者と対話する機会を大切にしている
杉本料理長は「フランス料理は『地方料理の集合体』といえます。その土地で生まれたものや、その土地の情景を料理に組み込むのは自然なこと」と語ります。今回のコースでも、北海道産のボタンエビ、余市産のリンゴなどを取り入れました。
「どんな人が生産しているのか、どんな思いを持っているのか、その土地で何が起きているのか。料理人にとって、生産者を理解することは非常に大切です。2人の『余市に貢献したい』という思いを聞いたとき、自然と北海道の食材が浮かびました」(杉本料理長)
しかし、「北海道の食材だからといって、必ずしも北海道のワインに合うわけではない」とも言います。「組み合わせが無限にあるなかで、『使い手』のプロとして、食材の特徴をよく理解し、技術で活かしてこそ、初めてペアリングが成り立つのです」(杉本料理長)。
「美味しさを極めると、自ずとサステナブル(持続可能)になる」(曽我さん)
ワインの奥深さは、その「テロワール」にあるといわれます。テロワールとは、フランス語で「土地」を意味する「テラ」に由来する言葉で、土壌や気候、日照量、標高、降水量、農法など、ブドウの栽培環境を形づくるさまざまな要素を指します。これらが影響し合い、ワインの風味や特性が決まるとされます。
では、ワインの日本らしさは、どのように生まれるのでしょうか。曽我さんは、その答えは「日本の『風土』にある」と語ります。
「日本独特の『うま味』の基盤は、やはり『土』です。日本にはもともと肥沃な土地が多いですが、農家も良い土をつくることに誇りを持っています。そして、日本は世界でも珍しい軟水が豊富な国。その柔らかい水のおかげで、素材の味が引き立ち、『出汁(だし)』の文化が発展しました。こうした風土が、複雑なバランスを保った『うま味』を育んでいるのです」(曽我さん)
さらに「『うま味』を突き詰めるなかで、自然と有機栽培に行き着いた」と言います。ワインは、酵母菌の働きで発酵してできる飲み物で、その酵母菌はブドウ畑やブドウ果皮、醸造所などに存在しています。
微生物の研究者だった曽我さんは、「ワインの『うま味』は、味噌や醤油と同じように、発酵から来ています。土壌には無数の微生物が生息していますが、化学肥料や農薬は微生物の活動を妨げてしまう。ですから、美味しいワインを造ろうと思うと、必然的に有機栽培になるのです」と説明します。
「ワインをスターターとして、世界中の人に日本の魅力を知っていただきたい」(山中さん)
スノーボードのインストラクターでもある山中さんは、「自然の中にいると感性が研ぎ澄まされ、多くのことを学べる」と話します。
「白樺は、山のふもとではまっすぐ太く育ちますが、標高が高くなるにつれて、強い風に耐えるためにねじれたり曲がったりし、複雑な形になります。ワイン造りも同じで、できるだけ自然に任せて、介入し過ぎないことが大切だと感じています」(山中さん)
山中さんは、余市の冷涼気候も、唯一無二の個性を生み出す要素の1つだとしています。気候変動が深刻になるなかで、余市のような冷涼な気候は、世界的にも希少な存在となりつつあります。
「ワインは世界中で愛されるスタンダードな飲み物です。私はワインで複雑さの中にエレガントさを表現したい。『ジャパニーズワイン』をきっかけに、味噌や醤油、日本酒といった伝統的な食材や食文化にも興味を持ってもらえたら嬉しいですね」(山中さん)
曽我さんも、「フランス料理もワインも、日本のものは『所詮フランスのコピーに過ぎない』と評価されてきました。しかし、これからはそうではない。世界は、日本特有の繊細さや複雑さに憧れを抱き始めています。『ジャパニーズフレンチ』と『ジャパニーズワイン』の融合は、これから世界を魅了するコンテンツになっていくはず」と期待します。
曽我さんはソムリエに北海道のワインを評価してもらったことが嬉しかったという
北海道は、この半世紀でワイン生産地として大きく成長しました。国産ワインの生産量は全国3位を誇ります。なかでも、余市は2018年から、本格的にワインツーリズムを推進し、世界的に注目を集める産地になりました。現在は、50軒以上のブドウ農家と19のワイナリーがあり、受賞歴のあるワインも増えています。
一方で、人口は1960年をピークに減少傾向にあり、現在は約1万8000人。「消滅可能性自治体」に該当しています。高齢化に伴う農家の廃業も続いているのが現状です。
「子どもに跡を継がせたくないと考える農家は少なくない。もし、農家がいなくなってしまったら、地域の文化が廃れてしまう。農業というのは続けていくことが最も大事なのです」。曽我さんは危機感を募らせます。
だからこそ、力を入れているのが、「農家によるワイン造り」の推進です。大規模なワイナリーが250万本のワインを生産するよりも、1万本を造るワイナリーが250軒できれば、豊かで個性的な町になると考えます。曽我さんが目指すのは、子どもたちが『住み続けたい』と思える町づくりです。
「農家のワイン造りは、野沢菜農家が漬物をつくるようなもの。みんなが真似できなければ『文化』にはならないので、ストイックになり過ぎないことも大切です。それぞれの農家が、それぞれのワインを造れるようになれば、余市らしい味、産業、文化ができあがる。おいしいワインがあれば、国内外から多様な人が来る。レストランもホテルも賑わう。フランス人がブルゴーニュの味を武器にするように、私たち日本人も、強い刀を武器できるはず」(曽我さん)
余市町は2025年2月、ブルゴーニュ地方にあるジュヴレ・シャンベルタン村と友好連携協定を締結しました。同村は、ブルゴーニュ地方のなかで、グランクリュ(最上位の格付けの特級畑)が多いワインの名産地です。今後、生産者同士の交流や栽培・醸造技術の向上を図ります。
「雪道を切り開く『ラッセル』役として、曽我さんが先陣を切ってくれました。そのおかげで、私たちは前に進むことができます。きっと先頭にいる曽我さんの視界には、素晴らしい眺望が広がっているでしょう。後に続く私たちにも、まだやるべきことがあります。ワインを通じて、余市を、そして日本を盛り上げていきたいです」(山中さん)
取材協力・株式会社オルタナ
撮影・吉森慎之介